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ニューロアンチエイジング

なぜ知的な人ほど騙される|プルデンシャル事件と「凍りつき」から読み解く、身体があなたを守る仕組み

はじめに:ニュースの背後で、私たちの「身体」に起きていたこと

最近、多くのメディアで報じられたプルデンシャル生命保険の元社員らによる約30億円の着服事件。約100人ものプロフェッショナルが関与し、聡明な顧客たちが被害に遭ったこのニュースを耳にして、皆さんはどう感じられたでしょうか。

「なぜ、これほど賢い人たちが気づかなかったのか」 「自分なら、きっと断れたはずだ」

そう思われるかもしれません。しかし、ポリヴェイガル理論(多重迷走神経理論)の視点からこの事件を紐解くと、そこには「意志」や「知能」では太刀打ちできない、私たちの身体が備えた驚くべき生存戦略が見えてきます。

本記事は、事件の背景にある神経系のメカニズムを解説しながら、私たちが「思考停止」に陥る理由と、そこから自分自身を優しく守り抜くための知恵をお届けします。

「ニューロセプション」が捉えた偽りの安全

私たちは、意識で考えるよりもずっと速く、身体の奥深くで「ここは安全か、それとも危険か」を判断しています。この機能を、ポリヴェイガル理論の提唱者ステファン・ポージェス博士は「ニューロセプション」と呼びました(出典:Porges, S. W., 2011)。

プルデンシャル生命という世界的なブランド、そして「プロフェッショナル」という肩書き。これらは、私たちのニューロセプションに対して「ここは安全な場所ですよ」という強力な信号を送ります。

詐欺の本質とは、このニューロセプションを意図的にハッキングすることにあります。相手が「腹側迷走神経(安全とつながりの神経系)」を刺激する柔和な笑顔や権威を見せたとき、私たちの警戒心は自然と解けるように設計されています。それはあなたの落ち度ではなく、人間が社会的な動物として進化する過程で手に入れた、愛すべき「信じる力」の表れでもあるのです。

背側迷走神経のシャットダウン:生命を守るための「最終防衛線」

しかし、ひとたび違和感に気づきながらも、圧倒的な権威や集団の圧力、あるいは「今すぐ決めなければ」という焦燥感に包まれたとき、私たちの神経系は劇的な変化を起こします。それが「背側迷走神経系」によるシャットダウンです。

ポリヴェイガル理論では、神経系には3つの階層があると考えます。

  1. 腹側迷走神経系(社会的関わり):安心し、論理的に考え、対話ができる状態。
  2. 交感神経系(闘争・逃走):不安を感じ、戦うか逃げようと心拍が上がる状態。
  3. 背側迷走神経系(シャットダウン):圧倒的な脅威を前に、エネルギーを遮断し、感覚を麻痺させる状態。

プルデンシャル生命の事件において、被害者や加担してしまった社員たちが陥ったのは、この3番目の状態であったと推測されます。

知的な能力が高い人ほど、最初は論理的に考えようとします。しかし、逃げ場のない心理的な圧迫や、組織的な包囲網を感じた瞬間、神経系は「戦っても勝てない、逃げることもできない」と判断します。すると、脳は思考を強制終了させ、身体をフリーズ(凍りつき)させます。

これは、トカゲなどの爬虫類が敵に襲われた際に死んだふりをする反応と同じものです。つまり、あなたが詐欺の現場で「何も言えなくなった」「頭が真っ白になった」としたら、それはあなたの意志が弱いからではなく、あなたの神経系が「これ以上のダメージを受けないために、自分を麻痺させて守ろうとした」証拠なのです。

なぜ「知性」は無力化されるのか

多くの人が誤解しているのは、「知識があれば騙されない」という点です。しかし、神経生理学的な事実として、背側迷走神経が優位になったシャットダウン状態では、高次脳機能(前頭前野など)の血流は低下します。

(出典:van der Kolk, B. A., 2014)

つまり、物理的に「考えられない状態」にされているのです。

詐欺師たちは、以下のプロセスで巧妙に私たちの神経系をハックします。

偽りの安全提示(ブランド・笑顔):腹側迷走神経を緩める。

緊急性の演出(今だけ、ここだけ):交感神経を適度に煽り、冷静さを奪う。

圧倒的権威の行使:抵抗しても無駄だと思わせ、背側迷走神経のシャットダウンを起動させる。

この状態にあるとき、人は「ハイ」と答える以外に、その場を生き延びる術を持たなくなります。これは一種の催眠状態や解離状態に近いものです。

身体の知性を再起動するために:日常でできるワーク

もし、あなたが今、何らかの決断を迫られていて「体が重い」「呼吸が浅い」「思考が止まっている」と感じているなら、それはあなたの身体からの大切な警告かもしれません。

ドクター小池クリニックでも大切にしているように、自分の身体の状態に気づく(内受容感覚)ことが、最大の防御となります。

1. 物理的な「境界線」を取り戻す

シャットダウンは「逃げられない」という感覚から始まります。どんなに重要な話の最中でも、「お手洗いに行かせてください」と言って、その場を離れてください。物理的な距離を作るだけで、神経系は「逃げ道がある」と判断し、凍りつきが解け始めます。

2. 冷覚の刺激で「今、ここ」に戻る

冷たい水で手を洗う、あるいは冷たいペットボトルを首筋に当てる。これだけで、シャットダウンしていた神経系に「今の現実」の刺激が入り、意識が戻ってきます。

3. 共同調整(コアギュレーション)を求める

一人で考えないでください。あなたの神経系がパニックやフリーズを起こしているとき、最も必要なのは「安全な他者の神経系」です。全く関係のない友人や、信頼できる専門家に電話をし、その人の穏やかな声を聞くだけで、あなたの神経系は「腹側迷走神経」の状態へと導かれます。

おわりに:あなたの身体は、いつだって最善を尽くしている

プルデンシャル生命の事件で傷ついた方々、そして過去に「なぜあの時、断れなかったのか」と自分を責めている方々に伝えたいことがあります。

あなたの身体がフリーズし、思考が止まってしまったのは、あなたが弱かったからではありません。むしろ、あなたの神経系が、その極限状態の中で「あなたという生命」を守り抜くために、必死にシャットダウンという手段を選んでくれたのです。

自分を責めるのをやめて、まずは「守ってくれてありがとう」と、自分の身体に手を当ててみてください。

神経系の仕組みを知ることは、自分を許し、再び他者と安全につながるための第一歩です。もし、今も「凍りつき」の中にいると感じているなら、一人で抱え込まずに、どうぞ相談してください。私たちの身体には、いつだって回復する力が備わっています。

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